日本社会の加害者性とメトニミー――『月に吠えらんねえ』を読んで

清家雪子『月に吠えらんねえ』を読みました。凄まじい作品だった。
Twitterでも散々呟いているのですが、思った事は大きく三つ。

1.虐待の被害者でありサバイバーでもあり、同時に虐待の加害者・再生産者でもあった萩原朔太郎を、被害者・サバイバーとしての姿で(加害者性を無理なく排除した形で)救ってくれる奇跡の様な作品だった。

2.近代日本文学に於ける第二次大戦とは何なのか考えさせられる。また、近代日本文学を遺産として受け継ぐ現代日本人は、戦争礼賛=悪、戦争反対=善、という図式を問い直せるような社会を構築する義務があると思った。大政翼賛的な作品を作家の事績や全集から抹消する事は全く善ではない。しかし、それについて捉え直しや語り直しを行うには、まずはこの現代社会自体から見つめ直し、構築し直さなくてはならない、と感じた。

3.前述の1と2にも密接に関わるが、作家の人生に逆らう様な物語や、実際の作家が身を置いた環境には起こりえなかったifのエピソードを描き、それによって救済や社会への問い掛けといったものを描くといった点から、擬人化でしか到達出来ない境地を切り拓いた作品だった。

1と3については割とTwitterで叫びまくったので、2についてここで書いておきたいと思います(実を言うと1についても、萩原葉子の父としての萩原朔太郎という点から、あれこれ書きたいなあとも思うのですが、ひとまずそれは余力があれば、という事で……)。

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Ø

ヘキライ第33回「○○にあてはまる言葉を答えなさい」に参加すべく書いたものですが、連想スケッチみたいになりました。あと、何かありきたり。ちょっとだけグロいというか痛いけど、まあたぶん大丈夫。あと、あてはまるのは言葉じゃなかった…(笑)

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