『魔道祖師』・『陳情令』の固有名詞から中国古典を辿る①姑蘇藍氏

『魔道祖師』・『陳情令』の人物名や剣名は、本人や持ち主の性格、人生、運命などを象徴している場合が多く、物語的に非常に含みのあるものだ、という意見をTwitterなどで度々目にします。また、それらが様々な典拠を持ち、作品世界に厚みを持たせている、とも。

せっかく『陳情令』で沼ぽちゃした身ですし、日本語訳版『魔道祖師』読者の平均よりは中国古典に詳しいと思いますので、作中の固有名詞から中国古典を辿る記事を書いてみようかと思い立ちました。
(中国語圏で既に似たような、そして更に高精度の記事がありそうに思いますが、まあ良いのです。私が勉強と楽しみの為に書いています。)

今回扱う語は、作中の人名・アイテム名・地名、その他作中で特異な言い回しがなされている言葉です。人名には字や号を含めます。
この記事では由来や典拠を探りつつ、その語が古典世界でどのような印象をもって使われている言葉なのか、直接的な語義の他にコノテーションにも注目して調べてみたいと思います。

今回はひとまず姑蘇藍氏に絞って記事を書……こうとしています(調べ物が多すぎて、工事中だけど公開することにしました)。調べ物が順調に進めば、二回、三回と続けていきたいと思っています……(がんばる)。

以下に続きます。
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君子であれ、祈られる者であれ――『陳情令』の極端な感想

『陳情令』を見ました。『魔道祖師』を先に読んでいた分、原作とドラマ版との相違に目を留めながら鑑賞したような気がします。

色々と違いがあって、私個人としては『陳情令』の方が好きだなあというのが正直なところです。でも本当にその辺りは個々人の好みだし、表現規制ゆえにこういう物語になっている部分が『陳情令』には大いにあるから、その点をどのように考えるかにもよると思います。

さて、その原作とドラマ版との違いで私が一番目を剝いたというか、胸を衝かれたものに、ドラマ版50話の金光瑤の最期があります。
原作だと彼は義兄である藍曦臣に何も言わず、道連れにするかと思わせて最後には彼を突き放すのだけれど、ドラマ版では藍曦臣に対して「你陪我一塊儿死吧」(日本語字幕「一緒に死んでください」)と言う。藍曦臣もそれに肯う素振りを見せるのだけれど、最終的には金光瑤が兄を突き放す。

このシーンがとても衝撃的で(私が好きそうなシーンだなって、私を良く知っている方は感じると思います……笑)、見て以来ずっとこの二人について考えています。
以下でその辺りを整理した上で考えを書いてみたので、もし良ければお読み下さい。『陳情令』準拠であれこれ考えています。すごい長いです。

※中文は全て繁体字表記です。
(上記の台詞の儿って繁体字にするとおかしい気がして、これだけ簡体字です……)

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