十二国記新刊『白銀の墟 玄の月』感想1

はい…。はい…。
水曜日には密林から届く筈なのですが、台風で遅延したのが耐え切れず本屋で買いました…。
はい…。

以下ネタバレ配慮無しです。

※リアルタイムで、なう!考察脳をぐるぐる動かしてますので、Twitterを併せてご覧ください…。既にこの考察文に色々書き落としがあるなあと感じ始めていますので…(15日午前1時現在)

 

*驍宗のこと

比喩でも何でもなくお通夜状態ですが。
回生の言う「主公」が驍宗であることは、特に髪と目の色からまず間違いないのかな……と思います。
とはいえ、認めたくないから認められない証拠を探してしまう自分なのかなあ、の気持ちと、いや待って?という気持ちが錯綜しているので、以下考えた事を記します。

(驍宗が死んだと考えるに足る点)
・驍宗の特徴的な外見や、「主上」と呼ばれて反応した等のエピソード。また、回生が嘘をついているとは到底思えない描写。

・小野主上が描きたい事柄が、「蓬莱を知る陽子や泰麒が、十二国の世界の摂理に疑問を感じ、その軛から脱しようとする」というものであるなら、驍宗がここで退場するのは道理である。
何故なら、驍宗が生存しており、また王として政を執るエンドなのだとしたら、摂理の内に泰麒は再度組み込まれてしまうし、それで良いと泰麒自身が感じる物語になってしまうから。

・泰麒が李斎と突然別行動をとったこと(だが、これは後述するように疑問点でもある)。また、白圭宮での泰麒の沈み具合。

(疑問点)
・玉佩などの描写。尤も、これは人探しをする際のリアリティを加味しての文章とも取れる。

・戴国の宝重はどこへ行った……? それがもしかして篁蔭……?(いやまさか)

・泰麒が驍宗の死(若しくは天命が革まったこと)を直感したのなら、何故それを李斎にありのまま伝えなかったのか。李斎の精神を慮って?

・泰麒が驍宗の死(若しくは天命が革まったこと)を直感したのなら、何故「禅譲」を説くのか(後述でこれに関して整理してみる)。

・驍宗と同じく、軍隊に伝わる戯れ歌を歌っている人物は誰なのか?
第一の人物は文州へ(若しくは文州から)何かの荷を運ぶ一行と共に移動していた。
第二の人物は、今にも飢凍しようとしている少女の目の前で、生気なく、自嘲するかのように笑いながら歌っている。
驍宗自身ではないなら、一体何者なのか。あの歌は只、運命を暗示する働きだけを担っているのか?何か同一組織の構成員を示しているのか?
→驍宗麾下の将軍たちの可能性がある?例えば英章など……。

(付随して)
・九章で泰麒が倒れた(驚いた様子だった)のは何故なのだろうか。何が下されたのだろう?

 

*耶利とその主公について

・素直に嘉磬が耶利の主公であると考えるべきか。それとも嘉磬は「複数の人を介し」に含まれるのか。今のところ何となく後者なのかな?という気はしているけど確信はない。

・耶利が白圭宮の中から青鳥を飛ばしていたのは確かなので、恐らく耶利の主公は反阿選の組織の取り纏めをしている人間。

・耶利の主公は驍宗のことを「驍宗様」と呼ぶ。また、白圭宮の中にいるらしい。

・琅燦の言動に不審な点があるようにも感じられる。泰麒を迎え入れる算段をつけた様にも。「麒麟と奸計は馴染まない」や、驍宗と阿選が同姓である事に気付いていない点なども、琅燦にしては隙のある言葉な気がする。

・大司空でなくなってからも冬官との繋がりを維持している、というのも、瑞雲観などとの繋がりを感じさせるような。
耶利が巌趙に言った皮肉っぽい言葉も、非常に琅燦の物言いっぽい感じがするし、「我々ごときに理解の及ぶような主公ではない」も、何となく深謀遠慮のど真ん中に居る人を想起させる。

・とはいえ、それなら何故琅燦が阿選を殺さないのか。
→琅燦が耶利の主公であるとするなら、「病み」の原因そのものを叩きたいという願いがあって、このような行動をとっているのではないか。

 

*阿選と「病み」について

・白幟の人々の異様なまでの宗教への傾倒と、白圭宮の中の鳩、「病む」ということとは関連がありそう?

・徳裕は「病み」始めているよねたぶん……。徳裕と共に「下は息が詰まる」と言っていた泰麒は大丈夫なのだろうか……。

・阿選も恐らく「病んで」いる?(泰麒を斬ろうとした時は?)
また、謀反を実行した時点では「病んで」はいなかったと考えられる。麾下の人達の回想からも、恐らくそれは間違いない。
何が彼を病ませた? 病む人の共通点は何なのか?

・この「病み」は、劉王の状態と恐らく同じものなのではないかと考えられる。台輔が失道する前に妖魔が湧くことと、何か繋がりがある?

・事の核心に「誰か」がいるという事は無さそう?最終的には摂理が何かを淘汰しようとしてこの様な事が起きている?

・以前、柳があんな事になっている理由について、「法治主義というものが整備されて、王という人間存在の必要性が揺らぐ社会を劉王が作ってしまったため、天がそれを排除しようとしている」と考えた(どっかに考察ログが残っていると思います……)。
では戴では何があったのだろう? 戴は柳に匹敵するどのような「天の摂理に触れる」事柄があったのだろうか。

 

*その他

・英章のキャラクター性が明瞭に示されて、以前から彼をもう少し描いて貰えたら、と思っていた人間としてはすっっっごく胸熱です。
ところで、彼はどこに居るのだろう。

・驍宗が死んだとして、阿選が本当に次の王なのか……そこも考えないといけない点だなあと思う。
泰麒の発言には明らかに無理筋なところがいくつかある(禅譲のところなど)ので、角を失ったせいで天命も受信できていない可能性が高い。また、驍宗と阿選は姓が同じ「朴」なので、次の王にはなれない筈。
だとすると、次の王は誰なのか……天命は誰に下っているのか、というのが現在誰にも分からない状況。
→この状況こそ、天の摂理から抜け出ているという状態では?

・正直、驍宗死んだと思う。正直……。
感情は「死なないで……」って言っていますが、理性が「いや死んだでしょこれは……」って言っている……。

・驍宗が「病んで」いたという胸糞ルートが回避されただけで私はもう大丈夫……生きます……。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です