『白銀の墟 玄の月』感想2

「冬栄」→『黄昏の岸 暁の天』→『白銀の墟 玄の月』と読み返しました。
以下気になる点と、読み直して自分が誤読してたな…という点について。概ね、ふせったーに上げていたものになります。
ものっそネタバレてます。

*驍宗の生死

再度読んでいて、大切な点を読み飛ばしていた事に気付いた。第一巻P.291で、白雉がまだ落ちてない事を張運が確認している。
霜の降りる時期に、泰麒は李斎と別行動をとり始めた。ということは、霜の降りる季節に死んだ回生の主公≠驍宗ということになる。霜が降りた後、泰麒は白圭宮を訪れる訳なので。

仮に驍宗が死んでいるのに白雉が落ちてないとすれば、琅燦の言うような「(天が)是正に乗り出してきた」ゆえの不規則状態と解釈しないと通らなくなる。
ゆえに驍宗は生きている、と見て良いと思うし、それを阿選も理解済みの筈。琅燦も「驍宗に死なれては困る」という考えを貫いており、これを狙って阿選も動いていた/いると思われるので。

幾ら何でも流石に、「泰麒がやって来た時は白雉は落ちていなかったけれど、誤差でその後すぐに落ちた」は無いと思うので、驍宗は生きているのかなと思う……。

………はーーーーーーーー!!!!!
(言いながらも何か不安が頭を擡げるので、うむ……)

 

*回生の主公は誰?

上記を踏まえると、では回生の主公は誰なのか?という話になる。
回生の主公についての事実情報を整理すると以下のようになる。

・六年前に満身創痍で運び込まれてきた。
・四年前に回生の父を妖魔から救った。
・禁軍支給の甲冑を身に着けていた。
・冬器の小刀と、琅玕と思しき玉佩を身に着けていた。
・帯ではなく帯紐を使用していた(当時の戴では「今時」帯紐をする、という感覚らしい)。

また、これに関連した静之の記憶として以下が挙げられる。
・驍宗は帯ではなく帯紐を用いる人物だった。
・玉佩を驍宗が身に着けていたかは覚えがないが、玉の音がして振り返ると驍宗やその側近がいた、というシーンは記憶にある。

この人物が驍宗ではないとするなら、驍宗麾下の誰か……という事になるだろう。
当時文州にいた驍宗麾下の将軍は、英章・霜元の二名、あとは二師を率いて鴻基へ帰還中の臥信。
ただし、臥信の部下である静之が遺品に見覚えがないとなると、自動的に臥信ではあり得ないという事になる。

個人的に引っかかるのは、霜元軍の精鋭十五人+指揮官一人を驍宗が内密に借り受けた、という点。李斎らは、この精鋭の使い道を「阿選軍一両を借りて轍囲へと向かう以上、驍宗は身の危険を感じて道中を見張らせていたのではないか」と想像した。
この精鋭十五人の内一人でも、李斎謀反の報の後に霜元と接触できていたとしたら、霜元はまず間違いなく轍囲~函養山周辺の地域を、驍宗を求めて探し回るだろう。
その過程で阿選軍に襲われて重傷を負い、老安に運び込まれたと考えるとどうだろうか。

また、そう考えると静之が出会った兵士二人の身元も想像がつく。彼らは霜元軍の精鋭の生き残りではないのか。そして最大限に阿選軍を警戒して取った行動が、「驍宗は死んだ」という嘘なのではないのか。
王師の人間(阿選側の人間)が文州の深くにまで探りを入れるとしたら、それは間違いなく驍宗を探しているからであり、霜元を探しているからではないだろうと踏んでの嘘。

上記から彼らが冬器を求めていたこと、静之の老安訪問から李斎訪問までの間に速やかに姿を消していた事の理由も、大体輪郭がつかめる。

英章が驍宗を求めて……というのも考えられなくはないが、霜元と比較した場合に虱潰しの捜索になるのは間違いなく、第一巻P.60~61のような事を言う人物と、その虱潰しの愚直な捜索との間に個人的には乖離を感じる。
……とはいえ、英章は驍宗に敬服していたし、国や朝というよりは驍宗一人の為に自分を使いたいと思っている節があるので、そちらにフォーカスを当てると、上記の様な事をしてもおかしくない……とは思う。

いや……本音を言うと……私は英章に生きていてもらいたいっ……!!(そこなのか)

 

*泰麒と天について

『黄昏の岸 暁の天』を読み返していると、玉葉や西王母の言葉にいくつか気になるものがあった。

P.392 「泰麒には角がない。あの器はすでに閉ざされておる。天地の気脈から切り離され
た麒麟が、生き延びることのできる年限はあといくらもないであろう、というのが、上の
方々の見解だの」

P.394「……泰麒は身を守る術さえないのじゃえ? 王気も見えぬ。泰麒がいたからといっ
て、泰王を捜せるものでもない」

P.397「天もまた条理の網の中、民に非道を施すことなど許されぬーーそれだけは、天も地
も変わりはない。それを決して疑わぬよう」

P.418「……病は祓おう。それ以上のことは、いまはならぬ」

同「王母がああ仰りあそばした以上、この穢瘁は必ず治るゆえ」
李斎は玉葉を見返す。玉葉の﨟長たけた面には、委州の――驍宗の郷里で会い、永久に
別れた少女と同じ種類の憂いが深い。
「……それだけなのですね?」
玉葉は無言で頷いた。

ここから読み取れるのは、
・天もまた、一定の法則やルールを破れない立場である
・泰麒は角が欠けており、気脈から閉じられた状態になっており、命数がいくらも残っていない(西王母が祓ったことで変わった可能性はある)
・西王母は今後、祓う以外のことも行ってくれる可能性がある
・西王母の次の泰麒への行動より前に、泰麒が王気を察知するのは無理

この辺りから考えるに、第二巻P.159~P.160で泰麒が天を仰いでから倒れ、驚いた様子だったのは、例えば使令が戻って来たとか、例えば王気を再び感じ取れる様になったとか、そういった事なのかな……?と想像。

天が課されている条理については、今後も考えていきたいポイント。

 

*白幟について

これといって考えが進んだ訳ではないが、『白銀の墟 玄の月』第一巻P.318に「この流れの彼方に、とても大切な人がいる」「かつてここで、大切な人が亡くなったのだ」「その人は函養山で亡くなって、いまは山のどこかにあるらしい鬼界というところにいる」という記述がある。

ここで焦点化されている少女は、想像で補って良いなら潞溝の湧水を見てこの考え事をしているのではないかと思う。で、この「大切な人」とは白幟の者が復活を願う「道士」「神仙」のことなのではないのか。
鬼界という概念自体、今までの十二国記には(恐らく)登場していないものであり、それが山のどこかにある、と考えるところに特徴的な死生観を感じる。

また、函養山を擁する瑤山はそれ自体が巨大な鉱山であり、四つの凌雲山を抱えているという(恐らくその四つの中に函養山も入る)。上記の神仙は、かつて函養山にいた人物であると朽桟は説明している。だとしたら、凌雲山の雲の上に洞を構えていた飛仙ということなのだろうか。飛仙が死ぬとは、かつて何があったのだろうか?

この神仙とは何者なのか?何故復活を願うのか?白琅-牙門観-天三道(石林観)周辺との関係は?
白琅の「白」、白幟の「白」、鳩の「白」など、一気通貫するような感触があるものの、良く分からない。石林観や牙門観の描き方の歯切れの悪さも気になる。

 

*その他

・皆白は鳴蝕の際行方不明になったというが、一体どこにいる?(また、「白」…)
・耶利の放った青鳥は北へ向かった。文州だとすると、複数の凌雲山を抱える瑤山の何処かということになるのか。短絡的に考えるなら、あの女兵士はそこと繋がっているのか?
・「病む」条件が兎に角知りたい。虚脱感が鳩を呼ぶのか、鳩が虚脱させるのか。

・英章ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

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