この世の全ての傷口に花を捧げよ――髙村薫『李歐』感想

ああ、どうしてこんなに私は揺さぶられながら、この小説の感想を書く為に奔走しているんだろう。もう二ヶ月近く経った。この本を読んでから、ずっとずっとこの本のことを考えている気がする。理由の一つは同性同士の恋愛とロマンティックラブイデオロギーの関係について考えたから。そしてもう一つは、22年2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻したから、だと思う。多分。

何のことを話しているの? っていう声が聞こえる気がする。あなた、99年に書かれた小説の話をしているんじゃないの? って。

そうなの。そうなのだけれど、これは冷戦の物語なの。帝国主義が奴隷貿易という悪夢の続きであったように、冷戦も帝国主義と植民地政策という悪夢の続きだった、そのことを描いている物語なの。

そう言って即座に納得して貰えるかと言われると、自信がない。そう言われても、って顔をされそうだ。
――だったら、ねえ聞いて、私が考えていること。私が揺さぶられている理由を。長くなるけど、ちょっと我慢してね。

続きを読む

罪と赦しのある地平へ――有栖川有栖「火村英生シリーズ」感想

年末年始の休みを使って、有栖川有栖「火村英生シリーズ(作家アリスシリーズ)」を読みました。随分以前から、「お前は絶対にこのシリーズが好きだから読め」と言われていましたが、漸く読みました。案の定大好きになりました。勧めてくれた周囲の皆様、ありがとうございます。

この1月11日に出た最新刊を含め、27冊のかなり大部なシリーズなのですが(そしてシリーズはまだまだ続くのですが)、作者の文章が非常に綺麗で読みやすかったこともあり、さくさくと読み終えました。

小説27冊を俯瞰した感想を書くなんてやったことがないので、ちょっとあたふたとしてノートなどを作ってみたりしました。楽しかった。
ということで、以下毎度のテンションがおかしい感想です。シリーズのあれこれについてネタバレがあります。長いし、ここで書き切れなかったこともあるので、もしかしたらまた別記事にするかもしれません。

続きを読む

『魔道祖師』・『陳情令』の固有名詞から中国古典を辿る①姑蘇藍氏

『魔道祖師』・『陳情令』の人物名や剣名は、本人や持ち主の性格、人生、運命などを象徴している場合が多く、物語的に非常に含みのあるものだ、という意見をTwitterなどで度々目にします。また、それらが様々な典拠を持ち、作品世界に厚みを持たせている、とも。

せっかく『陳情令』で沼ぽちゃした身ですし、日本語訳版『魔道祖師』読者の平均よりは中国古典に詳しいと思いますので、作中の固有名詞から中国古典を辿る記事を書いてみようかと思い立ちました。
(中国語圏で既に似たような、そして更に高精度の記事がありそうに思いますが、まあ良いのです。私が勉強と楽しみの為に書いています。)

今回扱う語は、作中の人名・アイテム名・地名、その他作中で特異な言い回しがなされている言葉です。人名には字や号を含めます。
この記事では由来や典拠を探りつつ、その語が古典世界でどのような印象をもって使われている言葉なのか、直接的な語義の他にコノテーションにも注目して調べてみたいと思います。

今回はひとまず姑蘇藍氏に絞って記事を書……こうとしています(調べ物が多すぎて、工事中だけど公開することにしました)。調べ物が順調に進めば、二回、三回と続けていきたいと思っています……(がんばる)。

以下に続きます。
続きを読む

君子であれ、祈られる者であれ――『陳情令』の極端な感想

『陳情令』を見ました。『魔道祖師』を先に読んでいた分、原作とドラマ版との相違に目を留めながら鑑賞したような気がします。

色々と違いがあって、私個人としては『陳情令』の方が好きだなあというのが正直なところです。でも本当にその辺りは個々人の好みだし、表現規制ゆえにこういう物語になっている部分が『陳情令』には大いにあるから、その点をどのように考えるかにもよると思います。

さて、その原作とドラマ版との違いで私が一番目を剝いたというか、胸を衝かれたものに、ドラマ版50話の金光瑤の最期があります。
原作だと彼は義兄である藍曦臣に何も言わず、道連れにするかと思わせて最後には彼を突き放すのだけれど、ドラマ版では藍曦臣に対して「你陪我一塊儿死吧」(日本語字幕「一緒に死んでください」)と言う。藍曦臣もそれに肯う素振りを見せるのだけれど、最終的には金光瑤が兄を突き放す。

このシーンがとても衝撃的で(私が好きそうなシーンだなって、私を良く知っている方は感じると思います……笑)、見て以来ずっとこの二人について考えています。
以下でその辺りを整理した上で考えを書いてみたので、もし良ければお読み下さい。『陳情令』準拠であれこれ考えています。すごい長いです。

※中文は全て繁体字表記です。
(上記の台詞の儿って繁体字にするとおかしい気がして、これだけ簡体字です……)

続きを読む

この愛情に名前は付けない――『天山の巫女ソニン』感想

菅野雪虫『天山の巫女ソニン』1~5巻を読みました。外伝が2巻ほどあるようですが、ひとまず本編を読み終えたということで。

読んで「!」となった小説はなるべく感想を書くことにしているのですが、今回はどう感想を書けば良いか迷います。ソニンやイウォル、ミン、クワン、イェラの成長が瑞々しい物語なのですが、心動かされたポイントは必ずしもそこだけではなく……。
ということでつらつらと考えながら感想を書きました。以下ネタバレがありますのでお気を付け下さい。

続きを読む

戴国カレンダー、完成!

「戴国カレンダー」が完成しました。応援して下さった皆様、ありがとうございます。以下からPDFをダウンロードして頂けます。

~Download~
「戴国カレンダー」全
・「戴国カレンダー」全(冊子印刷用)
「戴国カレンダー」本表のみ
「戴国カレンダー」別表1のみ
「戴国カレンダー」別表2のみ

「全」はカレンダー本表と、別表1『魔性の子』時系列、別表2『白銀の墟 玄の月』時系列、この3つがセットになっています。「冊子印刷用」は冊子印刷機能のあるプリンターで印刷すると、ページ数などが綺麗になるように調整してあります。A5冊子でも読める程度の文字の大きさになる筈…です!(と書いたのですが、やはり文字が小さいというご報告がありました。B4サイズの用紙でB5サイズの冊子を作ると丁度良い、というお声もありましたので、こちらに追記いたします。)個別のPDFもありますので、部分的に見たいという方はそちらをDLください。
とりあえずどんなものか見てみたいという方は、こちら(Twitterに投稿した画像版。ツリーになっています。)をご覧下さい。
カレンダーの作り方や、作るに至った経緯については、こちらをご参照下さい。

Twitterでは便宜のために画像版を呟いていますが、基本的にはPDF版をお使い頂ければと思います(画像版だと、使用する端末やアプリによっては、画質の問題で文字が読みづらいので……)。

利用規約というほどでもありませんが、以下に注意書きを書きました。お読み頂いた上でDLください。

〜注意書き〜
戴国カレンダーとその別表2種は、小野不由美『十二国記』シリーズのファンブックです。原作者や出版社とは一切関係ございません。
二次配布(部分的に編集を加えたものを含む)や自作発言はお控え下さい。フリー配布しておりますので、PDFが欲しいという方にはこのページをお伝えください。

二次創作等の参考にして頂けると大変嬉しいです。別の時系列表を作る際に使用したいという場合は、ご連絡頂ければと思います。

内容について作成者のほしなみが想像で補っている部分が多々あります。なるべく備考欄にその旨を書くようにはしていますが、完備しているとは言い難い部分もあります。このファンブックの記述が、常に原作に基づいた正確な情報であるとは限らないこと、何卒ご了承ください。

誤字脱字、その他年月日などのミスにお気付きの方は、Twitterでもコメントでもメールでも、コメント頂けますと大変嬉しいです。

『琅琊榜』を見て、中国のエンタメ事情を考えた

中国ドラマの『琅琊榜』をAmazonプライムで見ました。いや~長かった…。途中で挫折して放置していたのだけど、一念発起して完走しました。

中国(語)ドラマの定番全部盛りみたいなところがあって、後宮の陰謀劇あり、お世継ぎ問題あり、朝廷の派閥争いあり、「私は養子だったのか!?」あり、復讐劇あり、ワイヤーアクションあり、不思議な薬と病あり、ラブロマンスあり、その他諸々全部揃っていた……ね!という感じです。

親世代・子世代に跨る重厚な人間劇のウェイトが高く、復讐譚としても非常に面白かったのですが、もやもやする部分もあり、しっかり言語化しておきたいなあという気持ちにもなったので書きました。

以下『琅琊榜』のネタバレがあります。

続きを読む

楽土の幻

2014年に史文庫~ふひとふみくら~の唐橋史さん主催で発行された『日本史C』というアンソロジーがあったのですが、そちらに寄稿した小説です。Web再録的な感じでこちらに格納します。

~登場人物と少しの補足~
中臣鎌子……中臣鎌足のこと。作中で改名しています。彼が鹿島の神官の子であるというのは『大鏡』などに見える伝説です。

軽皇子……後の孝徳天皇。中大兄皇子の叔父に当たります。

中臣真人……鎌足の長男。出家して定慧と名乗ります。今作では、彼が上宮王家(聖徳太子の一族)の生き残り、弓削王であるというフィクションを展開してます。彼の

出家と渡唐については、その年齢も併せて謎が多いです。

中臣史……後の藤原不比等。彼が中大兄皇子とその同母妹の間人皇女の子であるという設定はフィクションですが、藤原不比等は中大兄皇子の落胤ではないかという伝説は様々な史料に登場します。

伝説に基づいたフィクション多めの小説ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。

 

続きを読む

朔太郎の担う両義性――虐待の被害と加害、そして救済

書こう書こうと思って書いていなかった、萩原朔太郎の前半生の救済作としての『月に吠えらんねえ』について書きました。

後半生は娘の萩原葉子さんの作品によって赦された朔太郎なのではないかな、と思います。では前半生は?というような内容です。

続きを読む